藤島ジュリー景子「2度目の会見」に寄せたレターには「いくつものウソ」複数の証言とテレビの罪 | The Audience
藤島ジュリー景子「2度目の会見」に寄せたレターには「いくつものウソ」複数の証言とテレビの罪 | The Audience
スポーツソーシャル芸能
  • ホーム
  • 芸能
  • 藤島ジュリー景子「2度目の会見」に寄せたレターには「いくつものウソ」複数の証言とテレビの罪

藤島ジュリー景子「2度目の会見」に寄せたレターには「いくつものウソ」複数の証言とテレビの罪

 17日に「SMILE-UP.」へと社名変更した旧ジャニーズ事務所。

 社名変更に伴い、公式サイトも模様替えしたが、2日の会見で「(創業者で元社長・ジャニー喜多川さんによる性加害の)被害者に対する補償業務に専念する」としていた同社の方針に則していない箇所がいくつもあるとして、ネットを中心にますます不信を買っている。
 
 そんな中、19日発売の「週刊文春」(文藝春秋)で、自身も1975年に「ジャニーズ・ジュニア・スペシャル(JJS)」のリーダーとしてレコードデビューした元所属タレントで、その後、田原俊彦さん、さらにはシブがき隊のチーフマネージャーとなった板野俊雄さんが、藤島ジュリー景子さんとメリー喜多川さんの母娘関係について証言している。
 
 ある時、板野さんが業者に発注していたコンサートの衣装がなかなか仕上がらず、その後、ジュリーさんが少年隊の衣装を優先するようにと横入りしていたことが原因だったと発覚。ジュリーさんに注意すると、すぐにメリーさんに告げ口され、板野さんはメリーさんに怒られたという。
 
 「メリーはジュリーのわがままだけは全部丸飲み」「会見の手紙でジュリーは母親に何も言えなかったといってたけど、そんなのウソ」と板野さんは断じている。
 
 この板野さんの証言に符号する話を、弊サイトではこのたび、元メディア関係者Aさんから聞くことができた。
 
 「ジャニーズから与えられたアメ。アメ自体について具体的な言及は控えますけど、散々、アメをもらい、その代わりに、ジャニーズにとって都合の悪いニュースをウチが報道しなかったことは1度や2度ではありません。それこそ、数え切れないレベルですよ」
 
 まず聞けたのは、圧力・忖度をごく自然な形で生み出すアメの存在についてだ。Aさんが続ける。
 
 「2回目の会見で、元V6の井ノ原氏が読み上げた、ジュリー氏のレター。あれも、随分といかがわしいと言いますか…。今現在、ジュリー氏が“パニック障害”を患っている。少なくとも、そのような診断を受けているということは事実なのかもしれません。
 
 ただ、それが20代の頃から今に至るまで続いてきたとは到底考えづらい。なぜなら、レターにあったような『メリー氏が絶対的に上で、ジュリー氏は一切の反論・異論を唱えられない』という関係ではない瞬間が少なからずあったからです。
 
 もちろん、母娘という関係性や経験値の違いで、メリー氏の言う事には逆らえないという状態が、ジュリー氏が取締役になった初期のころはあったと記憶していますけど、私の知る限り、いつしかその関係性は逆転していきました。
 
 テレビ各社も、このことを全く知らないなんてことは考えられません。会見のレターについて報じる中で、その内容に『疑わしい点がある』と糾弾する局が1つ2つあって然るべきだったのではないかと、相変わらずの忖度・協力姿勢には憤りを感じていますよ」
 
 今回聞けた話が事実であれば、テレビ各局は再発防止特別チームが指摘した「メディアの沈黙」を検証・反省するどころか、再び繰り返していることになる。
 
 社名やグループ名の変更を、慶事であるかのようにイベント化して報じるのではなく、その前にやるべきことがあるのではないだろうか。
 
(文/福田優太郎)