落語家の立川志らくさんが19日、自身のX(旧Twitter)を更新。俳優の小泉今日子さんの発言に対し、持論を語った。
小泉さんは、「文春オンライン」(文藝春秋)の企画でフリーアナウンサーの有働由美子さんと対談し、かつては自身も出演していたバラエティー番組について「絶対出たくない」「くだらないから」「世の中がガラッと変わっていっているのに、(自分が出演していた頃と同じ)昔のムードのまま押し通そうとしている。テレビ局は変わらないとマズい」などと発言していた。
この発言について志らくさんはXで「はっきり物事を言うその姿はかっこいい」としつつ「“くだらないから出演しない”は看過出来ない」と指摘。
続けて「そのくだらない世界に命をかけている人も沢山いる。ザコシが水曜日のダウンタウンで『ずっとお笑い芸人をやっていたいから。絶対手放したくない』と発言して視聴者の感動を得た。くだらないと言ったらあんなくだらない芸はないけど、私は大好きだし、その生き方に多くの人は感動した」とし、「昔と変わらないからくだらない、だから出ないとなるとね、これは失礼です」と持論を展開した。
小泉さんが他人に「くだらないから出るな」と言ったのならまだしも、小泉さんはあくまでも「くだらないから私は出ない」と自身の意思決定について語っただけ。
そもそも注文をつけること自体が、“難癖”との誹りを受けても仕方がないのではないだろうか。
「くだらないから出たくない」と感じる人、「くだらないことは素晴らしい。命を賭ける価値がある」と感じる人、どのように感じることも自由であり、その感性に基づいて自身の意思を決定することも自由ではないか。
他人を自身の思想に基づいて強制したり、危害を加えたりすることこそ看過できないことではないのだろうか。
また、自身の主張のために、何もこの件について意見を言っていないハリウッドザコシショウさんを巻き込むこともいかがなものか。
志らくさんの今回の投稿に対しては、一定の賛同意見があるものの「キョンキョンがくだらないと感じ、出ないと決めるのは自由でしょ」「他人の意思決定にイチャモンをつけるなよ」「最近の志らくさんは暴走がすぎる」といった批判的な声も多くなっている。
(文/福島秀明)